novel

人の降る街
― お茶汲みアルエ ―

些谷将臣

僕の名前はアルエ。
二年前に反政府派組織に組した父、ガルフの一人息子。15歳です。
父は、組織の指導者であるロキシを育てたロジャーさんの友人にあたります。
そして、聞いた話によると。そのロジャーさんが政府の機関に所属する何者かに暗殺されて、ロキシが組織の再結束を図る際に、一番初めに彼に加担したのが僕の父なのだそうです。
 
「いつも早くから ご苦労だなアルエ。今日 俺はバードエンジンの部品をおろしに行って来る。お前はアーベリックと残ってセレストとガーターの整備をしていろ」
父なだけあって、僕が目覚めてから一番はじめに挨拶を交わすのは この人。
話に出てきたアーベリックは、バードの管理を任されている父の片腕とも言うのでしょうか。バードの副管理官を勤める人です。
それと、『セレスト』と『ガーター』っていうのは、組織が改良して作ったブルーバードに付けられた名前で、乗り手のペアネームにもなっています。ちなみに、『セレスト』の方は組織の指導者・ロキシと、彼の側近であるルシカの乗るバード兼ペアネーム。
 
あと、側近なんて本人の前で言うと、彼はいつも違うって怒るんですが。ロキシの行く所には常にルシカも一緒なので。はたから見ている誰もが『ルシカ=専属ボディーガード』…みたいな、そんなイメージを持ってるんです。
あ。でも、本人には絶対 内緒にしてますけど。そこら辺は暗黙の了解なんですね。

と、ほら、噂をしていると過保護にされてる側の誰かさんが来た。
 
「おはようウェイン。昨日 不調だと言っていた通信機器の調子はどうだ?」
ロキシの声です。
この廊下は起きてきた組織のメンバーの毎朝の社交場。
すれ違い座間みんな声を掛け合って、組織内の情報を交換してる。
「あぁ〜もう大丈夫だよ。昨日のうちに何とか機嫌直ったんだ」
そう言って笑ってるのは通信機器管理担当で、オペレーターもしているウェイン。
「ただでさえ寄せ集めの使えそうな部品くっ付け合ってるだけのデリケートな奴だから、世話焼かせてくれるけど。バード乗りこなすよりボクには楽だからね」
「そうか」
この二人は大抵 毎朝一番に声を掛け合っているようです。
 
地下基地になってる組織のアジトで一番広くて長い第三通路。その半ばにある、この給湯室にいると、いろんな人達の会話が聞こえてくるんだ。
それで、どうして朝っぱらから僕がこんな所にいるのかと言うと。起きて来たみんなに お茶を入れるのが、毎朝の僕の仕事だから。
トレイを持って出ると、ほら、ウェインと話しながら目の前の通信室に入っていこうとしてるロキシがいる。
いつもここで目が合うんだ。
「ああ、おはようアルエ。いつも ありがとう」
そして黙ってトレイを少し差し出すと、特に決めている訳でもないのに彼はいつも同じやつを選ぶんだ。
ダークブルーの大きめのカップ。
ロキシは結構 お茶好き。
 
そしてウェインは彼がトレイからカップを取ってから、いつも自分の分を手に取るんだ。そうするとね、ここで黙って立ってるだけで次々とトレイからカップが無くなっていくんだよ。
「おはよう。俺ももらうな」
「おはようアルエ」
「今日はオリバーの紅茶かぁ」
「あ、僕も頂きますっ」
それで紅茶は完売。
早いでしょ。いつもなんだ。
だから急いで次のも作らないと。
第二陣はコーヒーで。
何でかって? それはね、そろそろ来る人がコーヒー好きだから。
 
「中層で待機しているポープの面々から昨晩 報告があった」
「内容は…?」
「三日前に中層のホイットニー・ベンチャー企業の裏金の動きの調査を伝達したろ。その結果だ」
「睨んだとおりか?」
「ああ。表立ってはいないが、やたらとコソコソしている様子も見られなかったそうだ。まぁ、高層企業と繋がってるってこったな。それなら中層の監視局が手ぇだせねーでいんのも納得がいく」
いつも難しい話をしてるけど、対外の事はまず彼を回してロキシに伝えられるんだ。
あ、彼って言うのは、さっき話してた二人の内の口数の少なかった方の人。
ロキシの幼馴染で側近で組織の参謀なルシカ。
 
そしてね。そろそろだよ。通信室で一日の予定を話し合ったロキシが場所を変えて他の確認をしに部屋を出てくる。
 
『ガチャ…』
 
ほら来た。
で、何事もないと ここでルシカと少し話して すれ違うんだけど…。
今日のルシカはロキシと目を合わせないなぁ。
ロキシは入り口で まだウェインと話してるようだけど。
調査書を手に持って目を通してるルシカの様子が気になります。
あ。ロキシがルシカに気付いて振り向いた。
「ルシカ。おはよう」
ああ。やっとルシカも顔を上げました……って!
 
『ドカッ!!』
 
うえっっっ。 すれ違い座間 ルシカのエルボーっ。
 
『ドスッ…』
 
綺麗〜に決まりましたぁ…。
「……」
ロキシ、言葉もないみたいです。
 
「ふん。ザマぁないな」
それに対して、内心を表にも出さず振り返えるルシカ。 あぁ ルシカ…あんまりだよね…。
二人が喧嘩するなんて事は滅多にないけど、昨日は何があったんだろう。
だいぶ後になってから突然 仕返しがあったりっていうのは、たまにあるみたいだけど。
今日に限っては朝一番の一発だったみたいですね。あぁ 痛そう…。
 
けど、こんな時でも大抵ロキシはルシカに向って怒ったりはしない。
彼はいつもおおらかに言います。
「少しは手加減しないかルシカ…」
「ああ そうか。真っ平 御免だな」
それに対して相変わらずトゲトゲと真顔で返すルシカだけど、それでも彼は どこか楽しそう。
ロキシを張っ倒すなんて芸当が出来るの、彼くらいだしね。
え? どうしてかって? それはね。
他の人がロキシに何かしようものなら、ルシカが その人を殴り倒しちゃうから。
怖くて出来ないよね。そりゃあ…。
 
そんなこんなで。
今日も反政府派組織のアジト、第三通路は賑わいを見せてます。
相棒に張っ倒されて打ち付けた腰を 痛そうにさする組織のリーダー、みんな大好きです。
その後に 忘れてたと言って、ちゃっかりコーヒーを取りに戻って来る、各言うその相棒も。
 
あ。でも。それにしたって みんな笑ってばかりだなぁ。
じゃあ とりあえず。僕はリーダーの心配でもしてようかな。
 
「大丈夫? ロキシ」
「ああ、ありがとう…アルエ」


−END−

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